No.04 
研究に夢中で寝食を忘れるレインの元を、アンジェリークが訪ねてくる。カップ一杯の飲み物を携えて。
999 jacket:https://www.pixiv.net/artworks/67089933

チョコレート・ナイト



「廊下に灯りがもれていたから。やっぱり起きていたのね」
 控えめなノックの後、アンジェリークはレインの部屋にあらわれた。陶器のカップがひとつだけのった銀のトレイを手にしている。
「レインにとって研究が何より大切だということは分かっているけど、ちゃんと寝て、ちゃんと食べて」
「コーヒーでもいれてくれたのか。サンキュ、アンジェ」
 レインがカップに手を伸ばすと、ふいとそれが遠ざかった。
「アンジェ?」
「休むように説得する相手に、コーヒーは持ってきません。
 ……ホットチョコレートにしてみたの」
 脳の働きには糖分が必要不可欠だという。研究者であり、そして甘党であるレインにはぴったりの飲み物だといえる。
「いいチョイスだ。ありがとう」
「本当は、三食ちゃんとした食事をとってほしいのだけれど」
 レインがあらためて礼を言うと、アンジェリークは手ずからホットチョコレートを渡してくれた。事前にカップを温めていたらしく、受け取った指先がじんわりとあたたまる。気付かないうちに、随分冷え込んでいたようだった。

「飲んだら、今日はもう休むこと。約束よレイン」
 カップに口をつけてからそう言いだすのだから、だまし討ちのようでずるい。
 チョコレートの濃度は均等。ていねいにかきまぜて入れられたものなのだろう。黙って最後の一滴までを味わい、飲み干したレインは口元を拭う。
「うかまった。しかし、空腹はしのげたが、残念ながら眠気の方はやってくる気配はないな。
 ――オレが寝付くまで、お前が子守唄を歌ってくれたら話は別だが」
 一種のしかえしのつもりで、ちらりとその表情をうかがえば、
「ええ、いいわ」
 アンジェリークは胸の前で指を組み合わせる。
「えっ?」
「まかせて。歌は得意な方なの」
「なっ……じ、冗談だっ、アンジェ!」
「もちろん、私も」
 くすくすと笑うアンジェリークに、レインは早々に白旗をあげざるを得ない。流れるような自然さで、アンジェリークはレインの元からカップを回収するとドアの前まで下がった。そこで振り返って念を押す。
「おやすみなさい、レイン」
「おやすみ、アンジェ」

 アンジェリークとの約束を守るため、レインは久しぶりに渋々寝台にもぐりこんだ。
 枕の高さ、マットの柔らかさは好みに合わせているだけはあって適切。糊のきいたシーツも心地いい。にもかかわらず、
「簡単にあんなことを言われて、寝られるか……逆効果だ」

 あまい匂いがいつまでもレインの鼻腔をくすぐった。

fin

レインくんお誕生日おめでとう! 当日、画像でTwitterに投下していた文章です。

2018.02.14
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