No.05 
アンジェリークの誕生日、陽だまり邸には友人や仲間たちからのプレゼントが山のように届く。ところが、ベルナールからの贈り物は他とは少し様子が違って?
3,506 jacket:https://www.pixiv.net/artworks/60708980

配達員は愛を届ける



「こちらすべて、アンジェリークさんにお届け物です」
 エントランスの扉を開けたアンジェリークに、配達員が差し出したのは一抱えほどもある包みの山だった。
 色とりどりの包装紙にくるまれた大小さまざまなサイズの箱。光沢のあるリボンが掛けられ、あるいはオーナメントが飾られ、カードが添えられている。山の天辺には朝摘みの薔薇を主役にした美しい花束が、そっとのせられていた。
 まぁ、と目を丸くするアンジェリークに、配達員は「おや?」と話し掛けてくる。
「お誕生日ですか? おめでとうございます」
「ええ。ありがとうございます」
「普段これだけの量のプレゼントを運ぶことはなかなかない。いえ、これが私の仕事ですから。さ、中までお運びしましょう」
 配達員は、サルーンのテーブルに包みの山を崩さないようそのまま置いた。アンジェリークが書いた受取りのサインを手にすると、制服の帽子の傾げを直し、再度言った。

「今日はよく晴れそうですよ。空は青く雲は白く、風はあたたかい。世界がひときわ美しく見える。
 こんなよき日にうまれたあなたは、きっとそのような一年を送られることでしょうよ。お誕生日おめでとうございます!」


「ベルナール兄さん……ハンナに、サリー……ルネさんまで!
 あら? お名前がないようだけれど、こちらの包みはどなたからかしら?」
 手伝いを申し出てくれる声を、アンジェリークはやわらかく断った。自分で運ぶべきだと思ったのだ。言いだした側も断られるのが分かっていたようで、頑張ってねと応援される。
 結局、アンジェリークは数回に分けて、私室にすべてのプレゼントを運び込んだのだった。
「これは――ふふ、ロシュね。
 伯父さま、エレンフリートさん、そして……ベルナール兄さん?」
 鋏を使って丁寧にカードの封を開く。リボンをほどき、包装紙を開ける。
 あらわれる短いけれど心がこもったメッセージと署名、贈り物に、アンジェリークはその度に声に出して喜んだ。親友二人は、カードとは別に分厚い手紙も同封してくれていた! 弾む気持ちを、抑え込む方が無理というものだ。
 それにしても。
 ひととおり開封を終えたアンジェリークは、華やかになったテーブルの上を見渡す。
「……この花束もベルナール兄さんからだったわ、エルヴィン」
「にゃーん」
 アンジェリークは愛猫に語り掛ける。胸元を飾るカメオのロケットを思わせる――幼い頃のアンジェリークにそれを贈ってくれたのもベルナールだった――薔薇。送り主はもしかして、という予感はあったけれど。
「兄さんはどうして、一人でこんなにたくさんのプレゼントを送ってくれたのかしら」
 ベルナールの贈り物、そのひとつひとつはささやかだ。
 紅茶の葉に、はちみつクッキー、革のカバーが掛かったノート、金の栞、万年筆、インクなどなど。革は手によく馴染み、栞の透かし模様は繊細で美しい。万年筆は書き心地が良さそうで、インク壜には硝子の蝶がとまっている。ささやかだけれど、どれも品よく素敵でアンジェリークの好みにぴたりと合っている。直接伝えた訳ではないのに趣味が理解されていることが、くすぐったいほど嬉しい一方、不思議でもあった。
「何かの手違い……いいえ、違うわ」
 アンジェリークは、カードの中からベルナールから送られたものを別に抜き出した。
 その数は、十枚をこえる。メッセージは、彼の手書きですべて文面が異なっていた。普段はメモを取ったり記事を書いたりするために使われる文字が、伸びやかさはそのままでカードに絶妙な配置で並んでいる。

“お誕生日おめでとう。このよき日が繰りかえされますように。”

“これからの君の人生がしあわせであふれますように。”

“素敵な一日、素敵な一年になりますように。”

“心から、お誕生日おめでとう。”
 紅茶の葉についていたカードには“君にコーヒーをいれる役目は、僕に残しておいて。”という追伸があり、何度見てもアンジェリークは「はい」と笑みをこぼしてしまう。

“君のことを想っているよ、小さなアンジェ。”

“いままでも、これからもずっと君を愛している。”

 ……想いが通じ合った時のことを思い出して、自然と頬を赤らめることもしてしまうのだった。
 最後のカードは花束にそえられていたもので、薔薇の甘い香りが移っている。
「――もしかして」
 贈られたばかりの真新しい万年筆とインクを下ろし、アンジェリークはお礼の手紙をしたためるため、机に向かった。


   ※


 久しぶりに自宅に帰り着いたベルナールを出迎えたのは、ダイニング兼リビング兼キッチンテーブルの上に詰まれた新聞紙と封筒の山だった。
 新聞記者という職業柄、取材に原稿書きにと家を留守にすることが多く、また他社の新聞をチェックするため購読している身では、小さな新聞受けではすぐに満杯になってしまう。そのため、合鍵を使ってそれらを部屋に放り込んでおいてくれるよう大家に頼み込んでいるのだった。
 律儀な大家は、毎回、新聞と封筒を仕分けて置いてくれる。その封筒の山が珍しくうず高い。ベルナールがこの家の住所を公開している相手はごく限られている。
「差出人は――アンジェか!」
 頬が緩む。封筒の表書きの字だけで、誰から届いたものなのか分かる。たとえ、インクの色のヒントがなくてもだ。
「無事に届いて、使ってもらえているようでよかったよ」
 ベルナールはアンジェリークから届く「一通」の手紙の内容には心当たりはあった。彼女の誕生日に贈り物をしたばかりなのだ。おそらくはそのお礼だろう。
「おや? これも、これも、これも……全部アンジェからだって?」
 首をかしげながらベルナールは手を伸ばして、ペンスタンドからペーパーナイフを取った。

“お名前を明かしては下さいませんが、ある篤志家の方が、経済的な事情で進学を断念しなければならない子女を援助されているそうです。私にはその受給資格がある、と先生がおっしゃいました。
 私はお父様のような医者になりたい。人を救いたい。その夢をかなえるために勉強したい。
 奨学金のお話をお受けしようと思います。”

“学院に入って、さっそく新しいお友達ができました。
 ハンナとサリー。二人とも、とっても素敵な女の子です。ハンナは――”

“先日、オーブハンターと名乗る男性二人が学院に私をたずねてこられました。
 私には私にしかない特別な力があるそうです。いえ、「ようです」と訂正します。実際に、私自身がその力を目の当たりにしました。正直――おそろしく感じました。色々なことが、私の意思の及ばないところで大きく変わってしまうような気がして。”

“おばさんは、私にすごくよくしてくれます。かぜをひきはじめた時は(すぐに治ったので心配しないでください)、はちみついりのホットミルクを作ってくれました。毎日抱きしめて、髪も結ってくれます。 さみしい、なんていってられません。”

“ロケットのなかには、お父さんとお母さんの写真を入れました。
 ずっと、ずっと大事にします。ありがとう、兄さん。”

 流麗な筆跡で綴られるそれは、ある女の子の一年間の生活だった。どんな出来事があったのか、何を思って感じたのかが、回想とではなく「今」として包み隠さず語られる。
 ――ベルナールとアンジェリークが離れ、再会するまでの年月。
 オーブハンターとしておそるおそる活動をはじめた少女は、頼りがいのある仲間たちと出会う。彼らと守り守られ支え合うことで、強く美しく成長する。
 ――そして、再会してからの一年分。
 アルカディアに平和をもたらしてくれた少女は、女王となる道ではなく地上で暮らすことを選ぶ。
 一年で一通。封筒の数だけ、年数が重ねられる。

 別離があったからこそ、実ったものが確かにある。
 それを承知の上で、できることならずっと側にいて、小さな少女を守っていてあげたかったという後悔も、ベルナールはいまだ心の底に抱えている。
 ベルナールが贈り物に込めた気持ちを汲み取り、その返事としてアンジェリークがしたためてくれた手紙だった。
 埋められないはずの歳月が、満たされる。満たされては、彼女が静かに訴える孤独に欠ける。彼女を慰撫するすべての存在に感謝し、また満たされる。ベルナールは椅子に腰かけ、一通一通を噛みしめるように大切に読んだ。


 最後に手に取った封筒は、今現在に一番近いアンジェリークからのものだった。


“ああ、どうしましょう!
 一緒に暮らしている皆さんには、私の様子がおかしいと心配されてしまいました。加減を忘れて強く抱きしめ過ぎたのか、エルヴィンには逃げられてしまって。
 先日、とても嬉しいことがあったの。
 大好きな人から想いを告げられました。
 ありがとう。私も大好きです。今までもこれからも、どうか末永くよろしくお願いします。”

fin

10年ぶりの大陸祭典2 お疲れ様でした! ありがとう! とぽわんぽわんした気持ちを引きずったまま、4/17のベルナール兄さんのお誕生日に書き、TwitterにあげたSSです(アンジェリークのお誕生日のお話でしたが)。末永くお幸せに!

2018.06.25
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