No.110 ★★
バレンタインに手作りのチョコレートを手渡された不動翔麻。ホワイトデーが迫る中、【本命】チョコのお返しは何がいいかと兄・不動葉介に相談を持ち掛けるのだが……?
3,003 jacket:https://www.pixiv.net/artworks/73001589

大本命



 不動翔麻は珍しく悩んでいた。
 原因は先月――より正確に記するなら二月十四日――に手渡された小包にあった。リボンをかけられ、きれいにラッピングされたプレゼント。親愛の印。この際、遠回しな言い方はやめよう。その【特別な】日付からも十分察してもらえるように、翔麻はバレンタインのチョコレートを贈られたのだった。
 しかも、しかもである。開けてびっくり、ブツはなんと――手作りだった!!
(これは、本命っていうことでいいんだよな!?)
 眺めてにやにやするためにしばらく机の上に飾っておこう、そう思えたのはものの数分。
 甘い香りの誘惑は強烈だった。
(ひとつだけならいいだろ、いやあともうひとつ。
 もうちょっとだけ……。
 ……半分までならセーフだろ、……ここまできたら八分目までだな。
 えーい、止められるはずないだろ男なら!)
 と、脳内の謎のイッキコールに後押しされる形でぺろりと平らげてしまう。
 がっついてしまうのも仕方がないほど、今まで食べた中で、世界一おいしいチョコレートだった! と翔麻には胸を張って断言できる。だから我慢の足らない男あつかいはやめてほしい、できれば。
 渡された時にいつものノリではあるが翔麻は「サンキュ!」と礼をいったし、完食してからも「チョコうまかった!」という旨のメールを速攻送った(証拠として、空になったパッケージを写メで添付した。手付かずの状態の写真を撮るのを忘れていたのに気付いたのはこの時で、花より団子というか完全にあとの祭りである。あとに悔いるから後悔というのだと、思い知った翔麻だった)。
 結局、机の特等席には同封されていた「Happy Valentine’s Day!」という手書きのカードを飾って、見るたびににやにやしているいる。
 だが、肝心の【返事】はまだだ。
 幼稚園児の他愛のないおやつのやりとりならまだしも、高校生になってのバレンタインの贈り物だ。「あなたのファンです」ということを公言したいなら、紫のバラを寄越せばいい。それで通じる。しかも、ブツは手作りときた! 大事なことなので何度でもいう。それって、つまり、そういうことだよな!?
 翔麻が高校三年生という忙しい時期なこともあって、相手と顔を合わせることもまれだった。
 自由登校となり入試があり卒業式があって――ホワイトデーが目前となって翔麻ははたと気付いた。
 ヤバい、何の準備もしていない!
 サボっていた訳ではない。気持ちの準備は整っているのだ。熱烈な愛の告白には、ちゃんとしゃんとして答えたい。
 さいわい、受験前にバイトで貯めた金が、貯金通帳にギリギリ五ケタほどある。
 だが、肝心の何をどうしていいのかがさっぱりわからない。
 プレゼント……サプライズ……ビックリ箱……ピエロ……排水溝からこんにちは?
 そういえば、翔麻は(なぜか)友人たちの間で、満場一致で女心のわからない男として定評のある男だった……。冒険は好きだが、これから控えているのはここぞという大事な場面。失敗だけは何としても回避したい。バッチリ決めたい!
 思案の末に、翔麻は自分の感覚を放り投げることにした。
 頭を下げ、人にアドバイスを求めたのである。

 送り主に関する情報はさすがにプライベートなので伏せ、予算を告げる。
「手作りチョコのお返しはどうすればいいと思う、兄貴」
 手作りだという部分をどうしても伏せられなかったのは、もちろん大事なことだからだ。
 翔麻の兄・葉介は、高校時代には趣味で絵を描いていたということもあって、手先が器用だ。大学ではフランス文学を専攻している。フランスといえば、オシャレの代名詞のようなもの。身内を真っ向から評価するのは照れくさいが、教育実習にやってきた母校では女子に囲まれていたし、センスが悪いということはよもやないだろうと翔麻は考えた。運は悪いけれどな!
 葉介は目を見開き、その後ため息をつきながら眉間を押さえた。
「翔麻……希望を砕くのは忍びないけれど、お前にひとつ残酷な真実を教えよう……」
「な、なんだよ」
「手作りチョコが、本命の証とは限らないよ」
 な、な、なんだって――!?
 翔麻はあごが外れんばかりに驚いた。
 手作りって、【特別】っていう意味があるんじゃないのか!? ここ数週間のにやにやは何だったのか。まぼろし!? いや、はかなすぎるだろ!
 コペルニクス的転回によって前提が、翔麻の足元がガラガラと音を立てて崩れる。
「マジ、か……!」
「配る相手がたくさんいるなら、手作りした方が単に安上がりだからね。もちろん、手間が掛かっている分、気持ちは十分こもっている。一定の好意はあるだろうけど」
 材料費と同じく総数分の一、義理だよ、と葉介は淡々と告げた。「レシピを聞かれたことが何度かあるなあ」というのがダメ押しだ。
「義理、か……!」
 確かに、チョコの送り主は顔が広い。いつもお世話になっているお礼にとチョコを撒きそうな相手は、あいつにあいつにあいつ、と軽く数え上げただけでも片手以上になる。知り合いのキラキラしたイケメンを指折り数えている状況がつらくて、翔麻は五以上を数えるのをやめた。
 あと、義理という言葉が地味に刺さる。義理って! 濁音なのが響きをひときわ厳しいものにしている。せめて抜いてキリにしてくれないかと思うものの、やっぱり刺さるし斬られるしで殺傷力があがっただけだった。
「まあ、俺は現物のチョコを見た訳じゃないからね」
「どうして一気に踊り食いしたんだ俺は……」
「え、踊ったのお前」
 言葉の綾だといい切る事もできたが、翔麻はうなだれたまま「一回転……二回転半くらい」と正直に答えた。
 葉介の二度目のため息が、そしてくつくつという笑い声が頭の上から降ってくる。
「兄貴?」
 翔麻がいぶかしげに見つめる中、葉介はそっと目尻にたまった涙をぬぐった。
「翔麻。お前がもらったチョコに舞い上がって、何も考えずにぺろりと平らげてしまうような単純なやつだって、兄弟である俺でなくとも皆知っているよ。きっと、チョコレートをくれた相手の子も分かってる。
 大切なのは箱の中身じゃない。メッセージは、相手がどうやって、どういう風にその贈り物をくれたかにこめられているはずだ」

 翔麻は心のビデオカメラの録画テープを先月――より正確に記するなら二月十四日――に巻き戻す。
 箱にばかり注目していた自分の視点を、少し移動させる。
 二月の風の中、吐く息は白かった。わざわざ手袋を脱いで、差し出す指先はすこし震えていた。
「サンキュ!」
 伝えると、見上げてくる瞳がほっと甘くゆるむ。
 ふたりはずっと気兼ねなく声を掛けあえる、話せる間柄で、緊張とは無縁だったそれなのに。
 改まってていねいな所作。寒さのせいだと思い込んでいた顔の強張り。頬の赤み。
 あ、もしかして――と思ったのだ。
 箱の中身が手作りチョコだと開けて知る前から――もしかして、本命チョコなのか、と。
 そうだったら、どれだけいいかと。
 カメラのレンズの方向を、ぐいと変える。
 そこには、同じように赤い顔をした翔麻自分がいた。

「やっぱり俺、本命チョコだった……!」
「……っ! 急に大きな声を出すなよ、驚くだろう」
 せわしないやつだなと小言をいいながらも、葉介は手帳と携帯電話をこれみよがしに取り出した。翔麻の知らない、フランス的なセンスの良いあれやこれやそれが書き付けてあるのだろう。
「お前にちゃんと自覚ができたところで、さて、俺はどんなプランを提供しようか」
「そりゃもちろん、本命にぴったりなやつ!」

fin

ホワイトデーのお話を書いたことがない、とTwitterで呟いたら「翔麻はどうですか」というご提案をいただきましてできあがった一作です。大まかにしか流れを決めていなかったのですが、なんとか決まるものだなぁ……(しみじみ)。何と、お兄ちゃんは初書きでした。
画像で投下したものを少々修正しています。

2019.02.15
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