No.109 
クラスメイトの衛藤桐也が、とてもよくモテることを日々感じている私。ある日教室で、衛藤が年上の女性と付き合っていることを暴露されてしまい、からかわれた結果――
⚠ 設定ミスがあります。
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カッコカワイイカレシ



 小学生の頃モテるのは、スポーツができる男子だ。
 もちろん人それぞれ好みはある。ふとしたやさしさを見せてくれた男子を好きになる子も、幼なじみで腐れ縁の相手を好きになる子もいるだろう。そういう個々の意見は、この際脇に置いておく。注目を集めて大勢からカッコいいと好かれる、いわゆるモテる(お付き合いをしたい、から、ちょっといいなまで)のは、とにかく足が速いとか、球技が得意だという男子だったはずだ――と体験上私は思う。
 これが中学校になると、少し様子が変わってくる。自我が発達して、個性が出てくる年頃だ。自分自身が変われば、外側へ向ける興味も変わる。好みもまた細分化していく。
 スポーツを難なくこなす姿(あいかわらず)であったり、テストで成績優秀者に選ばれたり、明るい性格だったり、服装や持ち物のセンスだったり、スタイルだったり、単に顔だったり。男子が掛けている眼鏡に重きを置く子だっている。私のまわりを見ていても、「カッコいい」という評価は実に色々なところに下されている。
 そんな中でモテるためには、スポーツができる「だけ」では駄目で、「カッコいい」ポイントを複数積み上げる必要がある。

 結論から言うと、クラスメイトの衛藤桐也はモテる。

 衛藤は、三年の二学期という半端な時期にやってきた転校生だ。
 転校生という存在は、土地柄かそれほど珍しいものではない。学校行事にそろそろ本腰を入れる受験勉強にと忙しい季節なこともあって、最小限の興味で迎えられるはずだった。ところが、事前にもたらされた情報によると、衛藤はただの転校生ではなく帰国子女だというではないか。海外旅行に行ったことのある同級生はちらほらいても、住んだ経験のある人となると皆無だ。そういう「設定」からして普通の公立中学校からするとまず特別で、注目されないはずがなかった。
 そうして転校初日、名前が書かれた黒板の前でそつなく挨拶を済ませた衛藤の第一印象は。……人それぞれ好みがあるだろうから、見た目に関しては私からはノーコメントだ。女子の間でこっそり、某アイドルグループの誰々に似ている、という声が上がったことだけ付け足しておく。

 登場で教室を静かにわかせた衛藤だが、その「カッコいい」快進撃は続いた。

 英語の授業でのLとRを完璧に区別した発音だとか。九月に入ってすぐに開催された体育祭、全員参加の徒競走で余裕で一着の走りを見せたとか(同じ組には、陸上部や野球部がいたにも関わらず、だ。チームが惜しいところで優勝を逃したため、衛藤をリレーに選抜しなかったことを悔やんでいる)。
 翌月の文化祭では、準備や練習をサボる男子が続出する中「習い事のある曜日以外なら」と断りを入れた上で、積極的に参加してくれたりだとか。なお、合唱をパートごとに練習するという時、その習い事は判明した。
「パート練習の伴奏は、こっちで俺がやるよ」颯爽とした誓言は、サボってだらだらと遊んでいた男子に大きなインパクトを与え、驚くその隙をつく形で有無を言わさずまとめあげたのだった。私が出る幕もなく。見事な手腕だ。
「衛藤くん、ピアノ弾けるの……?」
 うっとりとした様子の女子に訊ねられた衛藤は、どこか挑発的な笑みを浮かべる。
「一通りは。本業はヴァイオリンだけど」
 この一連の流れだけでも、衛藤のポイントは男女問わず爆発的に加算されたのだった。
 ちなみに、文化祭でのうちのクラスの舞台発表は、見事最優秀賞に輝いた。

 衛藤の完璧さ、というかそつのなさに、クラスメイトは当初遠巻きにするのみだった。けれど、話し掛けてみると案外普通に受け答えしてくれる。お高くまとった、近寄りがたいというタイプではない。そういうところも素敵だと、最近では、本命を衛藤くんに替えようかなー、という声がちらほら聞こえるようになっている。

 そんなある日の昼休憩。
 机を向かい合わせてのんびり食べはじめる女子グループとは対照的に、早々とお弁当を平らげた男子は思い思いに教室で過ごしている。塾の宿題に着手したり、カードゲームで遊んだり、ただだべったり。他のクラスからわざわざ訪ねてくる人もいる。

「それってマジ!?」
 人が集まる原因のひとり、青山の声が教室に響く。バスケ部のキャプテンで、背が高く、自然と輪の中心にいることの多い彼への注目度は高い。何人かがそちらを振り向く。青山はそれを気にした様子もなく――注目されることには慣れているのだ――さっと立ち上がり、歩いていく先が衛藤の机だった。
 文字通りランチボックスの中にパンを詰めてきている衛藤は、食事に掛ける時間が少ない。特に早食いという訳ではないのだけど、今日も既に昼食を終えていた。

「な、衛藤。聞いたんだけど、昨日一緒に歩いてたのって、もしかしてカノジョ?」
「そうだけど」
 休憩時間にしては、人口密度の高い教室が静かにざわめく。えーっ!? 衛藤くんに彼女!? と声にならない動揺が広がる。ストレートに肯定されるとは思わなかったのだろう。青山の目も、一瞬泳ぐ。
「え……だって、相手、星奏普通科の二年だって……」
「詳しいじゃん」
 衛藤は、あいつの知名度そこそこあるのかな、とどこか嬉しそうにひとりごとをもらす。
 その意味はよく分からなかったけれど、星奏学院なら私も知っている。このあたりからでも十分通える距離の学校高校だ。付属大学も併設されている。制服のデザインが独特でとにかくかわいらしい。難点は、そこそこレベルの高い学校だということだろうか。断片的すぎる情報だけれど、ライバルの手強さにショックがひゅっと引っ込んでいる模様だ。――ご愁傷さま……。

「衛藤、本気の本気で付き合ってんの……? 信じられねぇ。つうか、高校生ってババアじゃん!?」

 軽口の延長のような口調だけれど、まずい、と私は思う。青山は明るい性格で、部活のポジションもPGポイント・ガード(チームの司令塔役)を任されるくらいの頭の良さはある。しかし、その持ち前の天真爛漫さから時々無神経ともとれることをぽろりとこぼしてしまう癖があった。「絶対に言ってはならない」ことのラインは越えない、分別がある人なんだけれど。今のはちょっと、ビミョウだ。私が割って入る前に、青山は第二投を放ってしまう。
「あ、中学生と付き合うって、もしかしてショタコンとかいうやつ?」
 ああ………………もうっ!
 衛藤はショタコンのターゲットからは真逆の存在でしょう、とか、そういう問題ではないのだ。
 衛藤の顔からは、さっきまでの表情が消えている。それはそうだろう。彼女のことを大切に想っているなら、ここは怒って見せる場面だ。問われて、存在を隠そうともしなかった「彼女さん」だもの。そうなる可能性は非常に高い。
 まさに、一瞬即発。
 その空気を破ったのは、衛藤本人だった。大袈裟ともいえる仕草で、肩をすくめる。
「さぁ、聞いたことないな。
 細かいことにはこだわらない主義なんだ。彼女と、今付き合っているのは俺だという事実だけあればいい。
 それに、青山」
「あ、ああ……?」
「あいつ、年上だけど結構かわいいところもあるんだぜ」
「…………」
 潔くさらりと受け流した上、衛藤はのろけた。ため息のような、かっこいい、の声が教室にもれ聞こる。
 大本命の彼女がいようが、衛藤の株はまた上がったようだった。


「ちょっといい?」
 次の授業が教室移動なのをいいことに、私は真っ先に衛藤を誘い出した。クラス委員ということで、校舎の案内役を務めたこともある。違和感のある誘いではないはずだ。人気のない階段の踊り場で足を止める。
「ごめん、さっきの青山。悪気はない……からええっと、余計に悪いとも言えるんだけれど」
 青山は、ただ話のきっかけがほしかっただけなのだ。きっと。脳内では「カノジョ? そんなわけないじゃん」「だよな」「頼まれたから仕方なく付き合ってやってるだけ」「衛藤カッコいー!」というモテる男同士の、余裕のあるやり取りを繰り広げる予定だったのだろう。衛藤にはまた別の余裕があって、目論見は大失敗した訳だけれど(なお、青山は同じグループの男子に「衛藤サンはワンラン(ク)違うから仕方ねぇよ」と笑いながら慰められていた)。
 そういったことを、私は代理で釈明した。
「植田、随分あいつの肩をもつじゃん」
「クラスメイトだから」
 返して、私は後悔した。これではまるで、衛藤をクラスメイトとしてカウントしていないみたいに聞こえるのでは? そういうつもりでは全然ない。だから、正直に伝えることにした。
「人が暴力をふるっているところとか、大声で何かを言い合うところを見たり聞いたりするのが、苦手で、とても。だから、今回は回避できたけれど、先に打てる手があるなら打っておこうと思って」
「あんた、はっきり言うタイプなんだな」
「そう? 単に自分がかわいいだけ、自分のためだよ」
「ほら、植田のそういうところ。俺の方が話が通じると思った?」
 私は考える。同じ学校区だった青山との付き合いは小学校のころからだから、そこそこの長さがある。
「……そうかも」
「光栄だ。これからも安心してなよ。喧嘩は、同レベルの間でしか発生しない」
「そう……そうね」
 しゃしゃり出た私が恥ずかしくなるくらいの、まったくの正論だった。
「衛藤ってば大人」
 ついぽろりとこぼれた本音に、衛藤は何とむくれて見せる。
 えっ、今!? そんな表情、私はじめて見た!
「いくら頑張ろうと、努力で年は追い越せないけどね」
 誰が誰にという説明はもはや言うまでもないだろう。


「マナちゃん! 話、終わったー?」
 階段の下から、私を呼ぶ声がする。終わったといえば、終わった、のかな? 判断がつかなかったので、とりあえず私は顔を出して断りを入れる。
「先に行って、海鈴」
 親友と目が合う。名は体を表すということわざの通り、時々、見慣れている私でさえびっくりするほど美しい少女だ。
「分かった。遅刻しないようにね。……衛藤くんも」
 そっけなく付け加えると、海鈴はふいと踵を返した。つやのある長い髪が、ふわりとなびく。
「またあとで」

「マナ、ちゃん……?」
 衛藤は怪訝そうだった。さすがに、そこまでは把握していないか。
「海鈴……井上は幼なじみだから、私のことをそう呼ぶの。
 私の下の名前は、勉強の勉という字だから」
 名乗り読みを違う読みに変えてぶった切る、という無茶。けれど、そう名付けてくれたのは小学生の頃の海鈴だった。大切な「私」の名前だ。

 衛藤はなるほど、腑に落ちたという顔をした。
 海鈴にはさっきああ言って断ってしまったけれど、そろそろ頃合いだろう。
「付き合ってくれてありがとう。遅れないうちにうちに、行きましょうか」
 階段を下りようとする私の横に、衛藤が並ぶ。
「植田」
「はい」
「次からは俺もそう呼んでいい?」

 そうってもう、植田って呼んでるじゃない。何を今更。
 笑って返すつもりで、途中でその意味に気付く。
 …………あー、これはモテるはずだわ! と、私は内心ではやる胸を押えたのだった。



 結論から言うと、衛藤桐也はモテる。

 たくさんの「カッコいい」ポイントと、たまに見せる「カワイイ」ポイント――おっと、こちらを知るのはごく限られた人だけだった――が積み重なった結果だ。
 彼女がいると分かった今でも、彼女を大切に想う様子が評価されて、その地位は揺らいでいない。
 根本的に私の好みのタイプからは外れているのだけれど、恋人ではなく友人になったので、全然残念でもなんでもないのだった。

fin

衛藤くんは同級生の前ではどんな顔を見せるのかなー、きっとやっぱりカッコいいんだろうなー、と思って書きました。言語化するのは難しいけどとにかくカッコい! が伝わるとよいのですが。
追記
衛藤くんは私立男子校在学という情報をいただきました(ありがとうございます!)。公式に沿う形で書き直そうかとも思ったのですが、登場人物の思想に反することだろうなという結論に落ち着きましたので、このままにさせていただきます。

2017.08.30
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