No.112 
転入生の衛藤桐也は、モテる要素でできている。ある日、衛藤が年上の女性と付き合っていることを教室で暴露されてしまう。からかわれたその結果は――。クラスメイト視点。
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カッコカワイイカレシ -改訂版-



 小学生の頃モテるのは、スポーツができる男子だ。
 もちろん、人それぞれ好みはある。ふとしたやさしさを見せてくれた男子にひかれ、幼なじみで腐れ縁の相手を好きになる子もいるだろう。そういう個々の意見は、この際脇に置いておく。注目を集めて大勢からカッコいいと好かれる、いわゆるモテる(「付き合いたい」から、「ちょっといいな」まで)のは圧倒的に、足が速いとか、球技が得意だという男子だったはずだ――と体験上俺は思う。
 これが中学校になると、少し様子が変わってくる。自我が発達して、個性が出てくる年頃だ。自分自身が変われば、外側へ向ける興味も変わる。好みもまた細分化していく。
 スポーツを難なくこなす姿(これはあいかわらず)であったり、テストで成績優秀者に選ばれたり、明るい性格だったり、服装や持ち物のセンスだったり、スタイルだったり、単に顔だったり。男子が掛けている眼鏡に重きを置く子だっている。「カッコいい」という評価は、実に色々なところに下されているのだ。
 そんな中で、モテるためには、スポーツができる「だけ」では駄目で、「カッコいい」ポイントを複数積み上げる必要がある。

 前置きが長くなった。
 結論から言うと、クラスメイトの衛藤桐也は多分、とてもモテる。

 衛藤は、三年の二学期という半端な時期にやってきた転校生だ。
 転校生という存在は、私学のうちとしては珍しい。ただし、ここは男子校で、この年頃の男子の大半はどうやったら女子にモテるか、及び女子のことしか頭にない。短い付き合いになる男子など、基本的にお呼びではない。学校行事に、そろそろ本腰を入れる受験勉強に、と忙しい季節なこともあって、最小限の興味で迎えられるはず……だった。
 ところが。事前にどこからかもたらされた情報によると、衛藤はただの転校生ではなく帰国子女だということだった。海外旅行に行ったことのある同級生はそこそこの数いても、住んだ経験のある奴となると皆無だ。そういう「設定」はまず特別で、否応なしに注目を集める。
 そうして転校初日、名前が書かれた黒板の前でそつなく挨拶を済ませた衛藤の第一印象は。
 ――見た目については、人それぞれ所見が異なるだろうから明言を避けるとして。すらりと高い身長、ニキビひとつない肌、はっきりとよく通る声、というモテ要素三種の神器を備えていたことは確かだ。

 登場で教室を静かにわかせた衛藤だが、その「カッコいい」快進撃は続いた。
 英語の授業でのLとRを完璧に区別した発音だとか。
 九月に入ってすぐに開催された体育祭、全員参加の徒競走で余裕で一着の走りを見せたとか(同じ組には、陸上部や野球部がいたにも関わらずだ。チームが惜しいところで優勝を逃したため、衛藤をリレーに選抜しなかったことが悔やまれる)。
 翌月の文化祭では、準備や練習をサボる奴が続出する中「習い事のある曜日以外なら」ときちんと断りを入れた上で、積極的に参加してくれたりだとか。
 ――なお、合唱の練習時に、その習い事は判明した。
「CDとデッキを使った練習は、こっちでこのまま続けて。パート練習の伴奏は、向こうで俺がやるよ」
 衛藤は颯爽と発破をかける。
「さっと仕上げようぜ」
 その宣言は、練習の成果があらわれずだらだらと遊ぶモードに移行していた連中に大きな衝撃を与え、驚くその隙をつく形で有無を言わさずまとめあげたのだった。クラス委員の俺が出る幕もない。見事な手腕だ。
「衛藤、ピアノ弾けるんだ……?」
 俺が訊くと衛藤は、どこか挑発的に見える笑みを浮かべる。歌舞伎の色悪っていうのは、きっとこういう顔をするんだろう。
「一通りは。本業はヴァイオリンだけど」
 この時の流れが、いわば最後のだめ押しだった。
 ちなみに、文化祭でのうちのクラスの舞台発表は、見事最優秀賞に輝いた。

 衛藤の特別さ、というかそつのなさに、クラスメイトは当初遠巻きにするのみだった。
 けれど、話し掛けてみると普通に受け答えしてくれる。冗談も通じるし、時にはジョークも口にする。お高くまとった、近寄りがたいというタイプではない。
 ただ者ではない感を漂わせながらも、衛藤はするするとクラスに馴染んでいった。

 そんなある日の昼休憩。
 のんびり食べはじめるグループがある一方、早々と弁当を平らげた男子は思い思いに教室で過ごしている。塾の宿題に着手したり、カードゲームで遊んだり、ただだべったり。腹ごなしの運動にグラウンドへ飛び出していく奴もいれば、他のクラスからわざわざ遠征してくる奴もいる。

「それってマジ!?」
 人が集まる原因のひとり、青山の声が教室に響いた。バスケ部のキャプテンで、学年で一番背が高く、自然と輪の中心にいることの多い彼への注目度は高い。何人かがそちらを振り向く。青山はそれを気にした様子もなく――注目されることには慣れているのだ――さっと立ち上がり、歩いていく先が衛藤の机だった。
 ランチボックスの中にパンを詰めてきている衛藤は、食事に掛ける時間が短い。特に早食いという訳ではないのだが、今日もすでに昼食を終えていた。

「なあなあ、衛藤。今聞いたんだけど、昨日一緒に歩いてたのって、もしかしてカノジョ?」
「そうだけど」
 休憩時間にしては比較的、人口密度の高い教室が静かにざわめいた。衛藤に、彼女!? と声にならない動揺が広がる。ストレートに肯定されるとは思わなかったのだろう。青山の目も、一瞬泳ぐ。
「え……だって、相手、星奏普通科の二年だって……」
「詳しいじゃん」
 衛藤は、「あいつの知名度、そこそこあるのかな」とどこか嬉しそうにひとりごとをもらす。
 その意味はよく分からなかったけれど、星奏学院なら俺も知っている。このあたりからでも十分通える距離の学校高校だ。たしか、付属大学も併設されているはず。制服のデザインが独特で、とにかくかわいらしい。難点は、進学するにはそこそこレベルの高い学校だということだろうか。

「衛藤、本気の本気で付き合ってんの……? 信じられねぇ。つうか、高校生ってババアだろ?」
 青山は口をとがらせる。
 軽口の延長のような口調だけれど……これは正直、まずい。青山は明るい性格で、部活のポジションもPGポイント・ガード(チームの司令塔役)を任されるくらいの頭の良さはある。しかし、その持ち前の天真爛漫さから時々無神経ともとれることをぽろりとこぼしてしまう癖があった。「絶対に言ってはならない」ことのラインは越えない、分別がある奴なんだけれど。今のはちょっと、ビミョウだ。
「お前なら選びたい放題だろ。うちの魚住なんて、隣の学校一の美少女とちゃっかり付き合ってるんだぜ!?」
「そう言うお前は?」
「オレは部活が恋人だから」
 校外にファンクラブを持つ青山は、出来ないんじゃない作らないだけだ、という余裕の構えだった。ヒュー、という冷やかしの声が起こる。
 引き合いに出された俺が割って入る前に、青山は早速第二投を放ってしまった。
「あ、中学生と付き合うって、もしかして相手ってショタコンとかいうやつ?」
 ああ………………もうっ!
 衛藤はショタコンのターゲットからは真逆の存在だろう! とか、そういう問題ではない。
 衛藤の顔からは、表情が消えている。
 それはそうだろう。彼女のことを大切に想っているなら、ここは怒って見せる場面だ。問われて、存在を隠そうともしなかった「彼女さん」だ。そうなる可能性は非常に高い。
 まさに、一瞬即発という雰囲気。
 その空気を破ったのは、衛藤本人だった。大袈裟ともいえる仕草で、肩をすくめる。
「さぁ、聞いたことないな。
 細かいことにはこだわらない主義なんだ。彼女と付き合っているのは、俺だという事実だけあればいい。
 それに、青山」
「あ、ああ……?」
「あいつ、年上だけど結構かわいいところもあるんだぜ」
「…………」
 潔くさらりと受け流した上、衛藤は例の笑みを浮かべてのろけたのだった。

「衛藤、ちょっといいか?」
 掃除の時間の終盤、ごみ箱を掲げて誘う。同じ班なのがさいわいして、ごく自然な行動に見えるだろう。衛藤は、疑うことなく俺についてきた。ついでに、半分荷物を持ってくれる。
「なあ、こっちの方向って……」
 こんもりと茂った木立がフェンスを覆い隠す、人気のない裏庭で俺は足を止める。
「ごめん、衛藤」
「ん?」
「さっきの休憩の青山。悪気はない……から、余計に悪いとも言えるんだけれど」
 青山は、ただ話のきっかけがほしかっただけなのだ。きっと。脳内では「カノジョ? そんなわけないじゃん」「だよな」「頼まれたから仕方なく付き合ってやってるだけ」「衛藤カッコいー!」というモテる男同士の、余裕のあるやり取りを繰り広げる予定だったのだろう。
 ――衛藤にはまた別の余裕があって、目論見は大失敗した訳だけれど(なお、青山は同じグループの男子に「衛藤サンはワンラン(ク)違うから仕方ねぇよ」と揶揄われ慰められていた)。
 そういったことを、俺は代理で釈明した。
「あんた、随分あいつの肩をもつじゃん」
「……クラスメイトだから」
 反射的に返して、俺はいきなり反省した。これではまるで、衛藤をクラスメイトとしてカウントしていないようではないか? そういうつもりは全然ない。だから、正直に伝えることにした。
「青山に何か言われて来たわけじゃないよ? その点は誤解しないでほしい。これは俺が自主的にやってる事。
 おかしいと思うかもしれないけど……人が暴力をふるっているところとか、大声で何かを言い合うところを見たり聞いたりするのが、苦手なんだ。とても。だから、今回は回避できたけれど、先に打てる手があるなら打っておこうと思って」
 だから、周囲にアンテナを常に張っているし、仲裁役も買って出る。学年で二番目に高い背も、この時ばかりは感謝だ――迫力が必要な場面だってある。
「あんた、はっきり物を言うタイプなんだな。意外だった」
「そうか? 臆病なだけ、それも自分のためだよ」
「ほら、魚住のそういう主張できるところ。俺の方が話が通じると思った?」
 衛藤は笑い、俺は考える。同じ学校区だった青山との付き合いは小学校のころからだから、そこそこの長さがあった。にもかかわらず、だ。
「……うん」
「俺の方を選んでくれたなんて光栄だ。まあ、これからも安心してなよ。喧嘩は、同レベルの間でしか発生しない」
「そう……そうだな」
 しゃしゃり出た俺が恥ずかしくなるくらいの、まったくの正論だった。そして、皮肉まじりだけれど、衛藤は臆病な俺のことを慮って「約束」してくれたのだ。
 俺は安堵の息をはく。
「衛藤ってば大人」
 ついぽろりとこぼれた本音に、衛藤はなんとむくれて見せる。
 えっ、今!? そんな表情、俺はじめて見たんだけど!?
「大人、ね。いくら頑張ろうと、努力で年は追い越せないけど」
 誰が誰にという説明は、必要ないだろう。教室で一瞬見せた怒りも、年上の彼女を揶揄われたからというより、そうさせてしまった自分に思うところがあったから、とか?
「あんたの今考えてること、きっと当たってるよ」
 まあかわいい――と思わずで呟きそうになったのを止めたのは、俺を呼ぶ声だった。

「ハナちゃん!」
 ガシャン、とフェンスが揺れる。隣接した女子校からこちらをのぞき込んでいるのは、幼なじみの少女だった。
「海鈴?」
「会えると思わなかったから、つい声をかけちゃった。そっちも掃除の時間だよね?」
「こっちはもう終わったけれどね」
 衛藤と海鈴の視線が交差する。時々、見慣れているはずの俺でさえびっくりするほど美しい少女の登場に――「うちの魚住なんて、隣の学校一の美少女とちゃっかり付き合ってるんだぜ!?」――衛藤は「ああ」と納得しているようだった。
 一方の海鈴の表情は険しい。
「ごめん、他に人がいるって気付かなくて。お友達?」
「大丈夫だから――掃除頑張って。またあとで」
「うん。お邪魔しちゃってごめんなさい、衛藤くん・・・・
 余所行きの声で言うと、海鈴は立て掛けてあったほうきをつかみふいと踵を返した。つやのある長い髪が、ふわりとなびく。
「ハナちゃん、また帰りにね」

 ――一体いつからあそこにいたんだろう、海鈴。やましいことは何もないのだが、どきどきする。微妙に機嫌が悪そうだったのが気になるので、放課後に話を聞こうと決める。
「ハナ、ちゃん……?」
 衛藤が怪訝そうにするのも当然だ。俺の名前のどこにも「ハナ」の文字は入っていない。
「海鈴……あの子は幼なじみで、俺のことをそう呼ぶんだ。
 変わってるだろ? 俺の名前、英臣の英をはなぶさって読んで、その一部を切り取って「ハナ」」

 無茶な呼び方だと思う。けれど、自分の名前が嫌だと泣く俺に、そう名付けてくれたのは小学生の頃の海鈴だった。「私だけはそう呼ぶから」と言ってくれた。やさしい子なのだ。
 以来、「ハナ」は大切な俺の名前だ。
 ――というのは、今のところ海鈴以外の誰にも知らせる予定のない秘密の話。

「なんで」
「それは小学生の頃の海鈴のセンスに聞いてほしいな」
 その質問は何度目だろう。今まで、海鈴が誰かの前で俺を呼ぶたびに聞かれてきた。そしてその度に、俺は彼女のせいにしてきたのだった。
 俺がなんとか冗談にすると、衛藤は言った。
 気負いなく、ごくふつうの調子で。
「いい名前じゃん――ハナ」



 結論から言うと、衛藤桐也はモテる。

 たくさんの「カッコいい」ポイントと、たまに見せる「カワイイ」ポイント――こちらを知るのはごく限られた人だけだった――が積み重なった結果だ。
 根本的に好みのタイプ外なのだけれど、恋人ではなく友人になったので、全然残念でもなんでもないのだった。

fin

改訂前の「カッコカワイイカレシ」では、衛藤くんの学校を共学校としていました。実際は私立男子校在学――という明らかな私の設定確認ミスです。ご指摘くださった方、ありがとうございます!
今回、その点を修正したものを「改訂版」としてUPします。改訂前も記念にそのまま置いておきますね。登場人物の名前が変わっているのは故意です。

衛藤くんは同級生の前ではどんな顔を見せるのかなー、きっとやっぱりカッコいいんだろうなー、と思って書きました。言語化するのは難しいけどとにかくカッコい! が伝わるとよいのですが。

2020.03.03
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