No.115 
幼い頃の自分と兄・葉介、そして日野香穂子が写る写真を発見した不動翔麻。「面白いものを見つけた」と香穂子に見せるのだが、実は写真には思わぬ秘密があって。
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たなからプロポーズ



「パタちゃん。黙ってこれを見てほしい」

 待ち合わせ場所である噴水前。やってきた不動翔麻は、日野香穂子の前に一枚の封筒を差し出した。
 香穂子は、糊付けのされていない封を開く。
 中に入っていたのは、古いタイプの写真だった。右下に、オレンジ色で撮影年月日が写り込んでいる。《’×× ×× ××》。年が異なるのは当然として、日付は偶然にも「今日」だ。

 写真には三人のこどもが写っている。
 年の頃が同じくらいの少年少女と、すこし年長のお兄さん。頬に絆創膏を貼った少年は、歯を見せてニカっと笑い、片や年長の少年は控えめに微笑んでいる。表情は異なるものの、鼻のかたちやおそろいのくせ毛から、二人が兄弟であることが見て取れた。
 中央にすまし顔で座っている少女は、ピンクのドレス姿だ。ガラスの宝石が光るティアラを戴き、プラスチックのイヤリングに腕輪にと、精一杯着飾っている。

「この前、面白いもんを見つけたっていっただろ? うちが借りてるトランクルームから出てきてさ。いやー、時には気合入れて掃除してみるもんだ。まあ、親からの依頼だけど。
 真ん中に写ってるのって、やっぱパタちゃんだよな?」
「はい。うわ、懐かしい……!」
 香穂子がうなづくと、翔麻が写真の中と同じ表情になる。
「よかった。間違えてたら悪いから、一応念のため、兄貴にも確認してもらったんだけどさ。
 俺たち、本当に昔なじみだったんだな」
 かつて日野家と不動家は、不動家が海外転勤のため引っ越すまで家族ぐるみの付き合いがあった、らしい。らしいというのは、幼かった香穂子と翔麻は、当時のことをすっかり忘れてしまっているからだ。
 同じ高校に進学していながら――翔麻の方が一学年上だ――一年以上も、お互いの存在に気付いていなかった二人は、購買の焼きそばパンが縁で「再会」した。言葉を交わすうち、相手の顔立ちや仕草に懐かしい面影を見つけ、昔なじみだと判明して現在に至る。ちなみに、翔麻が香穂子を呼ぶ「パタちゃん」というあだ名も当時からのものだ。
「いや、全部とはいかないまでも一部思い出したし、疑ってるとかでもないんだけど、こうして写真っていう証拠があると本当だったんだ! って嬉しくなっちまってな」
 だから持ってきた、と翔麻はいう。
「ところでこれ、どんなごっこ遊びをしている最中なんだろうな。パタちゃんがドレスで、俺が新聞紙の剣だろ。そして兄貴は普通! 何役だ?」
「うーん、オボエテナイですね」
「あ。兄貴といえば、今日パタちゃんと会うって話をしたら、渡されたんだけど」
 翔麻は、持っていた小ぶりのペーパーバッグを差し出す。大きく開いているはずの口は、丁寧に金のシールで閉じてあった。
「何か貸し借りでもしてんのか?」
「……さあ……?」
 記憶にないです、と香穂子は首をかしげながら封をはがす。
 中に入っていたのは、透明のプラスチックの箱だ。薄黄色の緩衝材に埋もれるように、ボタニカル模様のハンドタオルとクリームが並んでいる。
「……かわいい!」
 さすが不動先生、と思わず声をはずませる。教育実習期間が終わったいまもなお、翔麻の兄・葉介を「先生」付けで呼んでいる香穂子である。
 それは全然構わないのだが、翔麻をぎょっとさせたのは、バッグの中から最後に出てきたカードの存在だった。
 不動葉介、という署名がちらりと見える。カードには、色とりどりの三角形の旗と“HAPPY BIRTHDAY”の文字が、パステルカラーで印刷されていた。
「“誕生日”!? 誰がっ……いや、パタちゃんか。
 い、いつ!?」
 写真の日付――ドレスアップして写る少女――写真を撮るようなイベント――用意された誕生日プレゼント。そして香穂子の「しまった」という風な今の表情! 翔麻の脳内で、キーワードが線で繋がる。
「って、今日か。当日かぁぁ――!」
「……はい」
 気付ける要素はいくつもあったのに。頭を抱えてしまう翔麻だ。
「言ってくれよパタちゃん!」
 しかもさっき多分、気をつかわせて嘘をつかせた! そりゃ、言い出しにくいことだろうけど。
 責めるのではなく、懇願するような口調の翔麻に、香穂子ははにかんだ笑みを浮かべる。
「こうやって、翔麻先輩と一緒にいられて。デートできるのが、私にとって最高のプレゼントです」
「そ、そっか……ってほだされてちゃ駄目だろ俺! よし、ちょっと待ってろ!」
「えっ、翔麻先輩!?」
「すぐ戻る!」
 香穂子を置いて、翔麻は駆けだした。
 物より気持ち、形のないものをとうとぶ気持ちは分かる。しかし、香穂子の誕生日が今日だと知った以上、ちゃんと形で示さなければ! そしてあわよくば、喜ぶ顔が見たい!


「、誕生日おめでとう」
 乱れた呼吸を整えるのに、数十秒を費やしたのち。
 つんと横を向く香穂子に、翔麻はプレゼントを取り出した。作法などは分からない。だから、ドラマで観た絵面の知識のまま、石畳の上に片膝をついた。
「ちゃんと、彼女にプレゼントする用ですって言って作ってもらったから」

 横目でちらりと翔麻の様子をうかがいながら、香穂子は葉介からのメッセージの内容を思い出していた。
 ヴァイオリニストは指先のケアが大事だと聞いたから、とプレゼントを選んだ理由という前置きのあと。

《きっと翔麻のことだから、君の誕生日に気づいていないと思う。
 ごめんね、香穂子ちゃん。
 兄弟で分け合うときに、察しのよさは全部俺が取ってしまったんだ。》

 確かにと香穂子は思う。翔麻には決定的にスマートさというものが欠けている。
 デート開始早々に彼女を置いて失踪するなんて、察しのよさ以前の問題だが。
 葉介はさすが“兄”だ。よく分かっている。
 そこまで考えて、香穂子の半ばわざとふらませた頬がゆるむ。
 スマートさはないものの、その分翔麻はまっすぐな人だ。だから、一分一秒でもはやく香穂子の元に戻ろうと、肩で息をして脇腹を押さえながらも、走ってきてくれた。何のてらいもなく。「すぐ戻る」の言葉通りに。
 そういうところが――すきなのだ。

《不束な弟だけど、どうか末永くよろしくね。》

 もちろん、と香穂子は翔麻が差し出す十二本の薔薇ダーズンローズの花束を受け取った。


 ダーズンローズ:12本(1ダース)の薔薇。19世紀のヨーロッパでは、男性がプロポーズするために12本のバラを摘んで、女性にプレゼントするという風習があった。薔薇にはそれぞれ、愛情・情熱・感謝・希望・幸福・永遠・尊敬・努力・栄光・誠実・信頼・真実の意味がある。

fin

題名を二度ほど変更しました。直前まで付いていたのは「たなからやぶからプロポーズ」。長いな、と思ったので一部をカットしたのですが、「たな」を残して「やぶ」を取ったのは、冒頭に翔麻によるお掃除のシーンがあったからでした(こちらもカット)。
100コル(跡地PV)の全シナリオ集がほしいです切実に。

2020.05.13
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