「うまれかわっても……それでもわたし、ヴァイオリンを弾くと思う」
かなではそうきっぱりと言ってのける。迷うことなく、まっすぐに。表情まで想像通りで、響也は笑う。
「言うと思った!」
(オレは)(生まれ変わってもそんなお前の幼馴染みになるよ)
前の席から順に送って配られるプリントを確認する。
夏休みの課題として、ずらりと提出必須のワーク(問題集)や、提出自由の工作・ポスター・習字・標語が書かれている中ほどに、今年もあった。
読書感想文――必須の枠だ。
参考として、課題図書が四冊挙げられている。その内訳は、あらすじから推測するに物語が二冊、科学的読み物が二冊、だろうか。はじめて知る本ばかりだ。
(説明文は難しいから、やっぱりお話の方かな)
と、かなでは思った。
物語は、異国での寄宿舎生活と戦いの要素があるファンタジー。どちらの作品も主人公は少女で、面白そうだ。感想文とは関係なくても読んでみたい。……これは、悩む。
「感想文、お前はどっちにする?」
かなでが響也に聞かれたのは、その帰り道。
「どっち」と本来四択のところ、二択になっているのは例年のことだからで、すっかり読まれてしまっているのだが、今更すぎてかなでも気にしない。
どっちがいいかな、どっちもいいな、ただファンタジー小説はページ数があって読みごたえがありそうだった、と考えた末。
「……寄宿舎の方」
「わかった」
響也は、かなでの長考の理由を見抜いていた。
「まあ、実物を見てから決めるとするか。ヴァイオリン教室の前に、本屋に寄ろうぜ。母さんから小遣もらう」
「うん……!」
「八月の頭に交換な」
当然のように響也が言うのは、これも毎年のことだからだ。
それぞれが本を買う。それを貸し借りすることで、相手の買った本も読むことができる。本一冊分の値段で、二冊の本が楽しめる。
――楽しいことは二倍に 悲しいことは半分に
かなではふと、懐かしいメロディーを思い出していた。
ふたりのきょうだいが主人公の幼児向けアニメ、だっただろうか。そう歌われているのを聴いたとき、ひとりっこのかなでは(いいな)とあこがれを抱いたのだった。
(きょうだいがいるっていいな、お得だな)
でも、と今は思い直す。
(でも、響也がずっといるもの)
おもちゃも、おやつも。同い年のおさななじみと分かち合ってきたのは、本だけではない。
二人でいると、楽しみが倍になる。
「なに一人でニヤニヤしてるんだ」
「ニヤニヤなんてしてないよー。
ただ、わたしには響也がいるなって思っていただけ」
「なんだそれ……なんだそれ!?」
「なんで二回も言ったの?」
「うっせ」
じゃれ合いながら田舎道を歩く。
ある夏のことだった。
老舗和菓子屋の跡取りとしてうまれた父は高卒で、祖父は中卒だった。そういう時代であったのに加え、自分の天職はこれしかないという確信があり、一人前の職人となるために、はやく餡の煮炊きや求肥の具合を手に馴染ませ覚えたかったからだという。
十四代目の八木沢雪広は、高校受験が視野に入る段階で今後の自身の進路について悩んでいた。
いつの日か家業を継ぐ。幸いいくばくかの適正はあり、今後も努力を惜しむつもりはない。だが、決断するのは「どの時」か。
父からは、進路の強要や制限めいたことは一言も言われなかった。
「僕がそうしたように、雪広も好きにしなさい」
「保留も上策。ただ経験上、選択肢は多い方が楽だと言っておくよ」と母。
二人の助言を受けて、八木沢は至誠館高校の受験を決めた。
大学合格率が高く、何より吹奏楽部の古豪として有名なのが後押しになった。仲間とトランペットを吹く姿を想像して――八木沢の胸は珍しく躍ったのだった。
港があるそのは、いつもにぎわっていました。どこへいっても、色々な音や声が聞こえてきて、楽し気なフンイキです。
けれど、その塔のまわりだけは違いました。セイジャクに包まれて、温度もひんやりとして感じます。
高くてリッパな塔には、それに見合った大きな入り口があるものの、出入りする人の姿はめったにありません。
塔に入れるのは、白い服を着たわずかな人たちだけでした。その人たちは、一言も発することなく、一抱えかそれ以上もある《大きな荷物》を運びこんでいるのでした。
――あれは、ブキを運んでいるんだ。
――黒い服だと分かりやすすぎるから、わざと白い服を着ているんだ。
――擬態できるだなんて、手下なのにレベルが高いぞ。
少年たちはそうウワサしました。大人たちはカムフラージュに全然気が付いていません。
――あれは、《魔王のトリデ》なんだ。
荒唐無稽な話に聞こえるでしょうか? いいえ、証拠があります。
塔には、《囚われの姫》がいるのです。
長く波打つ髪に、つぶらな瞳。花の髪飾りに、ペンダント。つばの広い帽子にふわりとしたワンピースを着た美しい少女は、《姫》以外の何者でもありません。
姫は、塔に入ることができる唯一の人間(※手下除く)でした。
何か力になれればと、手下がいない時を見はからい、姫に声を掛けた少年がありました。仲間の中でも、一等勇気のある者でした。
『どうして、貴方のような方が《塔》に』
「私の居場所が、あそこだからです――他には行かれないのです」
姫は想像通りの、鈴を転がすような声で言いました。その美しさゆえに、余計物悲しく少年の心に響いたのです。
少年は、現状ジャクハイであるおのれの無力さを嘆きました。
『今は無理ですが、いつの日か必ず、貴方をお救いすると約束します……!』
やがて少年は、《魔王のトリデ》が《天音学園》という少数精鋭で音楽の英才教育を行う高校であることを知ります。
塔に出入りしている白い服の手下は学園の生徒。《大きな荷物》はそれぞれの楽器。姫は《RPGの姫》ではありませんでした。
けれど、そうと知っても、姫を解き放ちたいという気持ちは変わりません。
少年は、天音学園の入り口をくぐります。剣ではなく、楽器をその手に携えて――
*
「天音のエントランスを、ハロウィン仕様に飾り付けるんですか? 一般にも開放して、ミニ演奏会と子どもにはお菓子の振る舞い?
……素敵なプランだとは思うんですけど、《地域社会に解き放たれる天音学園》っていうスローガンはどうなんでしょう。
現行の真逆を行っていませんか。
え、妹の枝織ちゃんのため???」
なんで? という素直な小日向かなでの問いに、冥加怜士は机に突っ伏した。絶賛十二連勤中だった。